捨てられる野菜と幸福論

捨てられる野菜について

まだ食べられるのに捨てられる野菜がある。これらは食品ロスとして問題になっています。ただ今回は、社会的な見解ではなく自分の生活に当てはめて考えたいと思います。


私はオーガニック農業に従事しながら、料理の研究などをしています。つい最近、あることをきっかけに「捨てられる野菜」について再度考えるようになりました。今までも定期的に考えることがあったのですが、作業が忙しくなるとついつい忘れてしまいます。

生育不良の野菜

先日、収穫作業をしている時に生育不良のほうれん草を見つけました。

見た目は小さく、葉先が黄色くなっています。原因はいろいろ考えられるけど、これ以上の生育は望めない状態です。このような生育の悪い野菜は販売することができないので、通常は刈り込んで残渣として畑に返すか、そのまま放置して穂が出る前に鋤きコミします。少量なら自家用として食べることもありますが、たくさんある時は処分することになります。

「処分するなんて、もったいない」

そう思いながらも、どうすることもできなかった。今まで何度となくこのような感情を抱きましたが、「これは仕事だ。売れない野菜のために労力と時間をかけることはできない」と自分自身に言い聞かせ、忘れるようにしてきました。

野菜への愛着

「でも、なんとかしたい」

そんな思いが込み上げてきた。そして、仕事の合間の一瞬を見計らい、生育不良のほうれん草を普通に育ったものと一緒に収穫しました。後で仕分けした時に残渣になるものを自家用として持って帰る作戦です。ほんの少し手間はかかりますが、作業に支障がでないように仕込みも万全の体制で臨みました。

そして無事に自宅へお持ち帰り成功。ほうれん草は生育不良で水分が少し抜けた状態でした。元気のないほうれん草を見て、なんとなく寂しい気持ちになる。これから調理して食べることになるのだけれど、少しでも元気あん状態にしてあげたいと思いました。

そこで、昔よく話題になった「50℃洗い」を試してみます。温水につけることでシャキッとした状態になる方法ですね。やり方ははとっても簡単です。

  • ボウルに水を入れて、土やゴミを落とす
  • 温水(約50℃)にほうれん草を入れる
  • 約30秒、ササっと洗う
  • お湯を捨て、冷水につける
  • シャキッとしたらOK

ほうれん草の状態によって時間は変わりますが、私の場合は5分くらいでシャキッとなりました。確かに手間はかかるけど、なんだかホッとした気分になりました。

お金と労力の価値

でも、よくよく考えてみたら新たな疑問が頭に浮かびます。この、ひと手間かかる生育不良のほうれん草をお金を払って買うだろうか?
自分で育て、ほぼ無料で手に入れたほうれん草だったからできたのかもしれない。もしスーパーなどで値札がついているのだったら・・・。

少しくらい見た目が悪くても、おいしければ需要はあるのか?この問題を解決するには、感情や思いだけではどうしようもないかもしれない。野菜という商品を購入するにはお金が必要だし、食費にいくら使えるかという経済的な問題が絡んできますね。

果たして自分が消費者だった場合、最善の選択をし続けることができるのだろうか?野菜という生き物と向き合った時に、「もったいない」という思いだけではベストな判断を維持するのは困難ではないかと思ってしまいました。

「美味しい」が豊かさになれば

ちょっと話が道徳的になってしまいました。頭の中では「生き物と共存したい」と考えていても、現実的にその選択をできるかは人間の都合によって決まってしまう。資本経済の社会で生活する私たちには何ができるのかな。考えても良い答えが出てきませんでした。

ただ、人の価値観が少しでも変われば、野菜も食材も違った見方ができるかなと思います。

美味しい食事をすることが、人の幸せとこの星の豊かさに繋がればいいのになぁ。そう思わせてくれたほうれん草でした。

なんだか、まとまりのない記事になってしまいました。
お読みいただき、ありがとうございます。

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