【美味しんぼ考察③】大豆とにがり〜ニセモノの豆腐と真相を探る
日本の定番食材とも言える「豆腐」。そのシンプルな味と安価に手に入れることができるため、様々な活用法があり人気の食材でしょう。今回は豆腐を作るのに欠かせない原材料「大豆」と「にがり」について、美味しんぼのエピソードをもとに深掘りしていきます。
参考文献:美味しんぼ第7集〜大豆とにがり
美味しんぼ第7集「大豆とにがり」より
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「大豆とにがり」のあらすじ
ストーリーは、主人公の山岡士郎が東西新聞社の文化部メンバーと落語の名人”快楽亭八笑”の高座を見学するところから始まる。演目は名人が得意とする「千早振る」でした。その公演終了後、名人と食事をすることになり豆腐料理屋「千珍」へ入店する。
するとカウンターで食事をしていた外人のお客さんと板前が口論を始めてしまう。その喧嘩を仲裁しようと落語の名人が2人をなだめるが両者とも納得がいかない。山岡さんの提案により、日をあらためて別の場所で決着をつけることになります。
後日の早朝、山岡さんが指定したのは「みやこ豆腐店」という老舗の豆腐屋さん。そこで豆腐の仕込みから見学することになった一同が出来立ての豆腐を試食することになったのだが・・・。
美味しんぼ第7集〜大豆とにがりより
豆腐の作り方はシンプル
なぜ外人さんは「これはトウフじゃない!!」と強く主張したのでしょうか?おそらく自分が食べたことのあるトウフの味とはほど遠く、あまりの違いに驚きと怒りが込み上げたのだと想像します。
では、豆腐の味ってどんな味なのでしょうか。原材料を考えると、大豆とにがり以外には考えられない。ということは、大豆に違いがあるのか、それとも製法なのか?という2択になります。
まずは豆腐の基本をおさらいしましょう。
豆腐の製造方法と原材料はとてもシンプルです。
- 大豆を洗い一晩水につける(冬場は約1日)
- 約5倍の水を加えてミキサーなどですりつぶす
- 鍋に移し、さらに約2倍の水を加えて煮る
- 底が焦げないように煮立て、火を止める
- その後8分ぐらい弱火で煮る
- サラシや布袋で豆乳を搾る(おからと豆乳に分ける)
- 豆乳の温度が70℃から80℃になったら、かき混ぜながらにがりを入れる
- にがりは豆乳の重さの約5%の量
- ザルに布を敷き、豆乳の上澄を取り型に流し込む
- 重石を乗せ固まったら出来上がり
基本的な製造行程は多めですが、豆乳を煮て冷まし固めるだけという非常にシンプルな調理です。その分、素材の味を誤魔化すことができない料理だと言える。原材料の味がストレートに反映されるのが豆腐という料理の大きな特徴でしょう。
無農薬大豆の使用と警告
豆腐の味を決める大豆について考察します。このエピソードに登場する「みやこ豆腐店」の大豆は、国産の無農薬大豆です。これは何を意味しているのか。
大豆は栽培方法によって食味が変わる。これは他の野菜にもよくあることです。化学肥料や農薬を使用した場合、野菜自体が不自然な成長をすることがよくある。それによって野菜本来の味ではなく、肥料成分や農薬の味が野菜に残ってしまう可能性はとても多いと感じています。
ということは、板前に喧嘩を売った外人さんがいつも食べていた豆腐は、慣行栽培で育てられた大豆を使用していた可能性が高い。
慣行栽培の大豆は化成肥料を元肥にしたり、追肥しているのが一般的です。その後、雑草を管理するために除草剤を使用したり、害虫や病気の対策として農薬も使用しています。
大豆を生産するときには病害虫の予防や管理が不可欠になる。効率よく大量に生産するには仕方のないことですが、食味に大きな影響を与えていることは否めないでしょう。
無農薬の大豆を使用した豆腐の美味しさが描かれた本作は、効率を求めすぎると料理の味が損なわれることを懸念しています。
このエピソードが描かれた1986年(昭和61年)はバブル経済の頃です。高度経済成長の時代において、この素材へのリスペクトを無くしてはいけない!という作者からの警告が、この1コマの中に描かれたメッセージではないかと私は受け止めています。
問題なのは大豆だけではない
しかし、無農薬で栽培した大豆を使用しただけでは本当に美味しい豆腐にはならない。次に大事になってくるのが豆腐を固める役割をしている凝固剤、にがりです。
にがり(苦汁、滷汁)とは、海水からとれる塩化マグネシウムを主成分とする食品添加物。海水から塩を作る際にできる余剰なミネラル分を多く含む粉末または液体であり、主に伝統的製法において、豆乳を豆腐に変える凝固剤として使用される。
wikipedia にがり より
作中の「みやこ豆腐店」では豆腐の凝固剤として塩化マグネシウムを使用しています。その理由としては本来の天然にがりが使用できないからだと語っていました。
ではなぜ使用できないのか?
素材にこだわり国産や無農薬の大豆を使用しているのに、にがりを天然ものにしない理由。それは、天然にがりが使用禁止になっているからです。
美味しんぼアラカルト43 豆腐より
日本は第二次世界大戦の敗戦から復興するため大変な努力をしてきました。そして工業が盛んになり経済成長へと発展していきます。その段階で問題になっていたのが工業廃水などによる水質汚染です。
1953年頃から1960年代にかけて、急激な重工業の発展がもたらした環境汚染による病気が相次ぎ大きな社会問題となる。私の小学校の教科書にも掲載されていたことを思い出します。
日本には岩塩としての資源がないため、塩の精製には海水を使用することになる。その過程でにがりが抽出されるけれど、原料の海水が環境汚染で問題になった。
そこで、天然のにがりは使用できない状況になり、にがりの主成分の塩化マグネシウムを使用することになったのです。
にがりを使用しない豆腐たち
しかし作中ではにがりすら使用しないものが多いと言っています。にがりを使用して豆腐を作るには技術が必要で製造コストが合わないことを指摘している。
ではどうやって豆乳を固めているのでしょうか?豆腐の凝固剤として食品衛生法で指定されているものを調べてみました。
- 硫酸カルシウム
- 塩化マグネシウム(ニガリ)
- グルコノデルタラクトン(酸凝固)
- 塩化カルシウム
このほか硫酸マグネシウムもありますが、上記の4種類が主に使用されています。
作中ではグルコノデルタラクトンや硫酸カルシウムの使用が大量生産に適していることが描かれています。同時にその使用を問題視している。理由として、同量の大豆から塩化マグネシウム以外の凝固剤を使用すると大量生産できるが、その分品質が損なわれるという。
凝固剤の種類により特徴や固まるスピードに違いがあり、それが豆腐の風味に影響している。固まる速度により風味に差が出るということなんですね。
このエピソードが公開された1986年ごろは、天然のニガリの使用ができなくなり、手軽に大量生産できる添加物が多くなってきた時代だったと言えるでしょう。
経済成長のウラ事情と料理
今回は、美味しんぼ「豆腐とニガリ」を考察してみました。
高度経済成長とバブルの時代に描かれたこの作品。内容は豆腐の美味しさをアピールするものでしたが、とても奥が深いと感じました。
環境問題、農薬、経済、外交、文化といった様々な要素が絡み合った読み応えのある作品です。
2024年現在、豆腐に関して言えば、環境の変化と精製技術の進歩などの理由で、純度の高い塩化マグネシウムが使用されている豆腐が増えている。そのような見解もあります。一方で激安豆腐のように賞味期限の長い薬品漬けのようなものも存在しています。
どちらが正しいというものではなく、どちらにも存在価値があり、それを求める人がいるから存在しているのだと私は思っています。
大切なことは、その本質を見極める目を養うことでしょう。
近年では地球温暖化など、環境問題に対する世界の認識も高まっていると感じています。食への意識と好奇心が、経済成長と自然環境のトレードオフの関係に終止符を打ってほしい。私はそう願っている。
豊かな「食」があることが、ヒトが豊かに生きるための必須条件であるのだから。